森と水の親和性

十和田湖はいつ行っても、きれいな水と美しい森の姿があります。
 この外輪山の森のどこかに、眠れる森の美女のような美しい妖精が棲んでいる気がします。湖のように澄んだ深い瞳とどこまでも透明な心を持った人に、いつか会える気がします。
 晴れても雨雪が降っても、気品のある湖です。日本人が列島に住み始めた頃は、至る所にこんな深い森があったのだろうなあ、などと思います。古代の日本の原風景が見えてくる湖でもあります。

そこから、流れ落ちる奥入瀬渓流。静から動へ、まさに溢れんばかりの水の量、見ていて気持ちがいいのです。豊かな気持ちになります。十和田湖に流れ入る川がない、ということは奥入瀬川として流れ落ちる水と同量の水が、湖底から湧き出ているということです。外輪山の森で作られた水が、伏流水となって湖に湧き出て湖を満たし、こぼれ出て、滝になり早瀬になり瀞になり、苔むす岩を作り、森を育てています。深く美しい森と水の親和性が、十和田湖をはじめ、ここ北東北には随所に見られます。北東北の大きな魅力になっています。

 それは、人類が誕生したアフリカの湿潤の森につながり、また、縄文人が恵みを受けた古代の森の姿そのものです。
 森と水は、人を誕生させ、人を育てた、大いなる母である、と言えます。

 四十年も前になるでしょうか、東京の高校生の時、修学旅行で十和田湖や奥入瀬に来ました。その頃と変わらない湖の透明度、清流、水の量。時代が変わっても、美しい森や湖や川が変わらずに残っている、うれしいです。
 あの時も落葉広葉樹林が豊かな森を作っていました。今回も、カツラ、ブナ、ミズナラ、ダケカンバ、トチノキ等の茂る、森と清流の小道を、石ヶ戸まで気持ち良く歩きました。石ヶ戸にはきれいなトイレとお店ができていましたが、奥入瀬川は、時を経ても変わらずに、ひたすら石や岸を洗いながら流れ続けていました。
 いつかまた、ここに来るときも、変わらぬ姿で迎えてくれることでしょう。いつまでもいつまでも残しておきたい、日本の自然の原形であり、森と水の芸術です。
     
 十和田湖の盃満ちてこぼれ落つ奥入瀬川の水の勢ひ

 十和田湖の深き目を持つ人あらば森を訪ねて神と遊ばん

      PDR_0943.JPG

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