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常居(じょい)の間

 ここもまた然り、埃とゴミだらけの居間でした。クモの巣が壁に張りつき、煤が砂壁に黒い綿飴のように引っかかり、埃だらけの本や湯呑みが散乱していました。見たくない景色ですが、見ないわけにもいきません。床は薄白く埃立ち、靴下がすぐに真っ黒に汚れて雑巾のようです。木喰い虫があちこちの床板の上に木くずを撒き散らしていていました。

 そこが常居(じょうい・じょい)と呼ばれている部屋だと後から知ったのでしたが、初めて土間から常居の間のガラス戸を開けて中に入ったときの様子です。 常居という言葉、青森や岩手の家の独特の呼び名でしょうか、家主は初めて聞く言葉でした。 太宰治の「故郷」にこんな文章がでできます。

 母の見舞いのため妻子を連れて初めて帰省した、私は妻子と共に仏間へ行って、仏さまを拝んで、それから内輪の客だけが集る「常居」という部屋へさがって、その一隅に座った。長兄の嫂(よめ)も、次兄の嫂も、笑顔を以て迎えて呉れた。祖母も、女中に手をひかれてやって来た。

 つまり普段は家人が居て、近しい身内の客が来ると家人と共に中に入る部屋が常居の間です。身内以外のお客は座敷や神棚、仏壇がある茶の間に居て常居の間には入ってきません。客人を通す客間でもなく、座敷でもない、家人の普段使いの部屋が常居です。
 
 常居の間からはいろいろな部屋が見渡せます。現に家主の家も、台所から勝手口へ、茶の間から座敷へ、あるいは土間や寝間へと通じています。生活の中心の間、部屋と部屋をつなぐ要の役割を果たしている部屋でもあります。

 家人の生活の中心の場であったので、ゴミの量も半端ではありませんでした。それを少しずつ少しずつ処分して、本や新聞紙はリサイクルに出し、床や天井、壁は、箒で振り払い掃除をしました。困ったのは、中身のあるびんや缶詰や食用油、スプレーの類です。そのまま捨てるわけにいかず、ひとつひとつ中身を開けて、生ゴミとして出し、スプレーは底にクギ穴を開け、食用油は手ぬぐいにしみこませて捨てと、処置にいちいち手間と時間がかかリます。また、鍋やガラスコップ、瓶、皿、茶碗、湯呑み等食器類の多いこと、埃だらけで使えません。これも仕分けして捨てています。布団や毛布もカビ臭く,すり切れてもいて処分しなくてはなりません。
 押し入れや納戸の収納棚やタンス、台所の食器棚等いろいろな部屋にあったゴミが、ここ常居の間に集められゴミの山になっていたのです。

 でも、このゴミの山、家主は感謝しなければなりません。家主がこの家を見学する前に、何人かがこの家を見学に訪れました。おそらく、ただならぬゴミの量にたじろぎ帰って行ったことでしょう。ゴミの山がなかったら、家主はこの家に出会えなかった、と思っています。

 人は、何も持たずに生まれてきたのに、何も持てずに死んでいくのに、ほんとうに多くの物に囲まれて生活しています。人の生活が途絶えると、多くの物はたちまちにして主(あるじ)を失い、ゴミになってしまいます。人と物は切り離せません。物にも一生があるのなら、すぐゴミにするのでなく、物の主としていい物を末永く使っていきたいですね。

 さて、常居の間、あらかたのゴミがなくなり床が見えてきたので水拭きをし、自然オイルを塗りました。
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みみりん

はじめまして。岩手の民話を漫画に描いています。
その中で「常居(じょい)」という言葉が出て来ました。

私も岩手出身で実家にも常居はありました。
しかし、いざ絵にしようとすると、検索してみても「常居」は見つからず、
岩手特有の言葉だ!と思い至ったら、こちらのブログに辿り着きました。
常居が、座敷でもなく客間でもない、家人が普段に過ごす場所、という位置づけもお陰でわかりました。ありがとうございます。
by みみりん (2019-08-22 16:59) 

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